2015年2月号
 
聖書のことば  

背負ってくださる神」

 「わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」。                  (イザヤ書四六章四節

 三歳半になる孫は肩車が大好きです。泣いていても、肩車をしてあげると泣きやんでにこにこします。二〇キロの重さの子を持ち上げて担ぐのは大変ですが、あまりも嬉しそうなので、つい我慢して担ぎあげます。そして「神様もこのように私を担っていてくださるのだ」と思うのです。聖書の神は、このイザヤ書の言葉にあるように、わたしたちを背負い、また肩車をしてくださる、担(かつ)いでくださる神なのです。 

この聖書の前の個所には「偶像を背負う者は疲れ果てて倒れる」と書かれています。日本でも大切な神像は、人間を守っていてくれるように思われていますが、実際は盗まれたりしないように人間が守らなければなりません。また火災などが起きれば、人間がそれらの像を命がけで担いで運び出さなければならないのです。人間を守ってくれるはずの神を人間が守らなければならないのは、それらが人間が造った神だからです。しかし本当の神は人間を造った神ですから、私たちを守り、運び、救うことができるるのです。

どんなに強く見える人間でも勝てないものがあります。それは罪の力、老い、そして死です。あの剣豪宮本武蔵も晩年は養子の伊織に背負われていたそうです。

どんな試練の時でも、また私たちが弱さの中にいるときでも、天地を造り、私たちを造られた神が私たちを担っていてくださるなら、何も恐れる必要はないのです。

Imageこの神に担いでいただくためには信頼が必要です。自分が信頼しない人に担がれたいと思う人はありません。ですからイエス・キリストによって御自分を現わされた神が、本当に信頼できる方であること、そしてあなたを愛し、招いておられることを、ぜひ知っていただきたいのです。


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